この記事は竹内内科小児科医院 院長・五藤良将医師(内科・皮膚科)が監修しています。原発性腋窩多汗症(脇の多汗症)の診断基準から、保険適用外用薬「ラピフォートワイプ2.5%」の作用機序・臨床データ、そして外用薬では効果が不十分な重症例に対するボトックス(ボツリヌス毒素)治療まで、最新の知見に基づいて解説します。ラピフォートワイプ・ボトックスともに保険診療で対応しています。
原発性腋窩多汗症とは
「脇汗がひどくて服が汚れる」「汗ジミが気になって着る服を選べない」「緊張していないのに大量に汗をかく」——こうした悩みを抱えている方は、原発性腋窩多汗症(げんぱつせい・えきか・たかんしょう)かもしれません。
多汗症は大きく全身性多汗症と局所多汗症に分類されます。さらに甲状腺疾患・糖尿病などの基礎疾患や薬剤が原因となる「続発性(二次性)」と、明らかな原因がない「原発性(一次性)」に分けられます。脇汗で悩む方の多くは原発性腋窩多汗症に該当します。
原発性腋窩多汗症の診断基準
明らかな原因なく、腋窩(脇の下)からの過剰な発汗が6ヶ月以上継続し、以下の特徴のうち2項目以上を満たすもの:
- 両側性・概ね対称性の発汗
- 日常生活への支障(衣服の選択制限、頻繁な衣服交換など)
- 週に1回以上のエピソード
- 25歳以下での発症
- 家族歴がある
- 睡眠中は発汗が止まる
参考:日本皮膚科学会「原発性局所多汗症診療ガイドライン」
重要なのは「日常生活に支障をきたすほど」という点です。衣服を頻繁に替える必要があったり、白・グレーなどの特定の色を着られないほどであれば、躊躇わず受診してください。治療法が複数あり、保険適用で対応できます。
重症度の評価:HDSSスコアとは
腋窩多汗症の重症度は国際的に HDSS(Hyperhidrosis Disease Severity Scale) で評価します。
| スコア | 症状の説明 | 重症度 |
|---|---|---|
| 1 | 発汗は目立たず、日常生活への支障はない | 軽度 |
| 2 | 発汗は我慢できる程度で、日常生活に時々支障をきたす | 中等度 |
| 3 | 発汗はかろうじて我慢できる程度で、日常生活にしばしば支障をきたす | 重症 |
| 4 | 発汗は我慢できず、日常生活に常に支障をきたす | 最重症 |
保険適用の対象
ラピフォートワイプはHDSSスコア2以上(中等度以上)の原発性腋窩多汗症に保険処方が可能です。スコア1は保険適用外となります。ボトックス治療は特にスコア3〜4(重症〜最重症)で外用薬の効果が不十分な場合に検討します。
ラピフォートワイプ2.5%の特徴
ラピフォートワイプ2.5%(一般名:グリコピロニウムトシル酸塩水和物)は、2022年1月に厚生労働省が原発性腋窩多汗症治療薬として承認した1回使い切り型のワイプ(拭き取り式)外用薬です。同成分の製剤は2018年に米国FDA承認を取得しており、日本でも先行して市場に出ていたエクロックゲル5%と並ぶ保険適用の腋窩多汗症外用薬として広く使用されています。
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ラピフォートワイプの特徴まとめ
| 有効成分 | グリコピロニウムトシル酸塩水和物(抗コリン薬) |
| 剤形 | 1回使い切りワイプ(拭き取り式)—手が汚れにくく携帯に便利 |
| 用法 | 1日1回、ワイプ1枚(1包)で両脇に塗布 |
| 保険適用 | あり(HDSS 2以上の原発性腋窩多汗症) |
| 承認 | 2022年1月 厚生労働省承認 |
作用機序:なぜ脇汗を止められるのか
脇の汗はエクリン汗腺という汗を分泌する器官から産生されます。エクリン汗腺は交感神経系のコリン作動性神経によって支配されており、神経末端から放出されるアセチルコリンがエクリン汗腺の受容体(ムスカリン性M3受容体)を刺激することで発汗が起こります。
発汗のメカニズムと薬の作用点
| STEP 1 |
| 交感神経が興奮 → コリン作動性神経末端からアセチルコリン放出 |
| ▼ |
| STEP 2 |
| アセチルコリンがエクリン汗腺のムスカリン性受容体(M3)を活性化 |
| ▼ |
| STEP 3 |
| エクリン汗腺が汗を分泌 |
| ↑ グリコピロニウムがここをブロック |
ラピフォートワイプの有効成分グリコピロニウムトシル酸塩水和物は、抗コリン薬として局所のムスカリン受容体を競合的に阻害し、アセチルコリンの働きをブロック。エクリン汗腺への発汗指令を遮断することで、過剰な発汗を抑制します。ワイプ剤のため成分が皮膚に局所的に作用し、全身への吸収を最小限に抑えるよう設計されています。
また、汗の量が減ることで、汗を栄養源とする皮膚常在菌の増殖も抑制され、腋臭(ワキガ臭)の軽減にも寄与することが期待されます。
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使い方と注意事項
正しい使い方
1日1回、就寝前または清潔にした脇に、ワイプ1枚(1包)を使用して両脇に塗布します。
- 入浴後など、脇が清潔で乾いた状態を確認する
- 包装を開封し、ワイプ全体を使って片脇全体に塗布する
- 同じワイプで、もう片方の脇にも塗布する(1包で両脇)
- 塗布後は必ず手をよく洗う(目や口に触れると副作用の原因になります)
- 完全に乾くまで衣服を着用しない
使用上の注意
- 脇に傷口・湿疹・皮膚炎・かぶれなどがある場合は使用しないこと
- 塗布後、衣服や寝具に成分が付着しないよう注意する
- 目・口・鼻などの粘膜への接触を避ける
- 毎日継続することで効果が蓄積される——数日で効果が実感できなくても使い続けることが重要
使用前に医師・薬剤師へ申告が必要な方
以下に当てはまる方は、使用前に必ずお知らせください。
| 禁忌・要注意事項 | 理由 |
|---|---|
| 緑内障 | 抗コリン作用により眼圧が上昇する恐れ |
| 前立腺肥大症 | 抗コリン作用により排尿障害が悪化する恐れ |
| 妊婦または妊娠の可能性がある方 | 胎児への影響が不明 |
| 授乳中の方 | 母乳への移行の可能性 |
| 薬剤アレルギーの既往 | 接触性皮膚炎等のリスク |
| 脇の傷口・湿疹・皮膚炎 | 皮膚バリア破綻による全身吸収増加のリスク |
臨床効果データ
国内第III相試験(承認申請データ)
対象:原発性腋窩多汗症患者497名
| 評価項目 | ラピフォートワイプ群 | プラセボ群 |
|---|---|---|
| HDSSが2段階改善 かつ 発汗重量が半分以下に改善した割合 | 41.1% | 16.4% |
| HDSSが2段階以上改善した割合 | 44.0% | 比較値 |
※主要評価項目はプラセボに対して統計的に有意な改善を示しました。毎日継続することで、徐々に効果が蓄積されます。
効果を実感するまでには個人差があり、数週間〜1ヶ月程度の継続使用が必要な場合があります。「数日使ってみて変わらない」と感じても、自己判断で中断せず、次回の受診時に医師へご相談ください。
副作用と対処法
グリコピロニウムは局所に作用する薬剤ですが、一部全身的な抗コリン作用が現れることがあります。特に以下の症状に注意してください。
| 副作用 | 対処法 |
|---|---|
| 口の渇き(口渇) | 水分をこまめに摂る。重篤なら医師に相談。 |
| 皮膚のかぶれ・刺激感 | 使用を一時中断し、皮膚の状態を確認。回復後に再開するか医師に相談。 |
| 散瞳・羞明(まぶしさ)・目のかすみ | 抗コリン作用により瞳孔括約筋が弛緩して散瞳が起こり、その結果として羞明(まぶしさ)が生じます。また毛様体筋の調節麻痺により目のかすみが起こることもあります。いずれも手に付着した成分が目に触れることで起こるため、塗布後は必ず手をよく洗ってください。 |
| 排尿困難・頻尿 | 前立腺肥大症の方は特に注意。症状があれば使用を中止し受診。 |
| 体温調節異常・熱中症様症状 | 発汗抑制により体温調節が乱れる場合あり。高温多湿の環境や激しい運動時は特に注意。めまい・頭痛・体のだるさ等があれば使用を中止し涼しい場所で休息。 |
熱中症リスクについて
抗コリン薬による発汗抑制は、高温多湿の環境下で体温調節を妨げる可能性があります。夏季や激しい運動中は特に注意し、熱中症の症状(めまい、筋肉の痛み、手足のけいれん、意識の変容など)が出た場合はすぐに使用を中止し、医療機関を受診してください。
費用(保険適用)
保険適用の費用の目安
| 3割負担の方 | 1ヶ月あたり 約860円(薬剤費目安) |
| その他 | 初診料・再診料・処方料等が別途かかります。 |
※薬価改定により変動する場合があります。最新の金額はお問い合わせください。
重症腋窩多汗症にはボトックス治療も
ラピフォートワイプやエクロックゲルといった外用薬は多くの方に有効ですが、HDSSスコア3〜4(重症〜最重症)の方や、外用薬を継続しても効果が不十分な方には、より強力な治療選択肢としてボツリヌス毒素注射(ボトックス治療)があります。重度の原発性腋窩多汗症と診断された場合、ボトックス治療も保険診療で受けることができます(2012年11月より保険適用)。当院でも保険診療にてボトックス治療を提供しています。
使用するボトックス製剤はアメリカ・イギリスを含む世界100ヶ国以上で承認されている製剤です(2024年1月現在)。
1. 成分と作用機序
発汗を止めるメカニズム
ボトックスの有効成分はボツリヌス菌がつくり出すA型ボツリヌストキシンという天然のタンパク質です。ボツリヌス菌を注射するわけではなく、このタンパク質を精製して使用するため、ボツリヌス菌に感染する危険性はありません。
A型ボツリヌストキシンはコリン作動性神経末端に取り込まれ、アセチルコリン放出に必要なSNAREタンパク質を切断します。その結果、エクリン汗腺への発汗指令(アセチルコリン)の放出が長期間ブロックされ、過剰な発汗が抑制されます。
ラピフォートワイプが受容体レベルでの拮抗(毎日塗る必要あり)であるのに対し、ボトックスは神経末端の機能を数ヶ月単位で遮断するため、1回の注射で数ヶ月間効果が持続します。
2. 効果について
臨床試験データ(国内試験)
原発性腋窩多汗症患者を対象とした国内臨床試験において、総症例144人中3人(2.1%)に副作用が報告されました(多発汗:腋窩部以外からの発汗増加 3人(2.1%)、四肢痛 1人(0.7%))。
| 評価項目 | 内容 |
|---|---|
| 効果発現 | 注射後2〜3日〜2週間で発汗抑制が始まります |
| 効果持続期間 | 通常4〜9ヶ月持続。効果が薄れてきたら再投与が必要です |
| 抗体産生について | タンパク質が主成分のため、繰り返し治療を続けると体内に抗体が産生され、効果が減弱する可能性があります |
3. 治療の流れ
- 問診・診察でHDSSスコアを確認し、適応を判断。服用中の薬剤・既往歴を確認します
- 同意書にご署名いただきます
- 必要に応じてヨードデンプン反応(Minor法)で発汗部位を確認
- 腋窩の皮内に複数点、ボツリヌス毒素製剤を注射
- 注射後は特別なダウンタイムなし。当日からシャワー可
- 注射後2〜3日〜2週間で効果発現。効果の程度・持続期間には個人差があります
ボトックス治療 概要
| 保険区分 | 保険診療(2012年11月より重度の原発性腋窩多汗症に保険適用) |
| 費用の目安 | 3割負担の方で約2万円前後(薬剤費+診察料・手技料の目安) ※薬価改定・診療内容により変動します。詳細はお問い合わせください。 |
| 適応 | 重度の原発性腋窩多汗症(HDSSスコア3〜4)/15歳以上 |
| 効果持続期間 | 通常4〜9ヶ月(個人差あり)。効果消退後は再投与で同様の効果が期待できます |
| 通院回数 | 2回(1回目:診察・同意書ご記入 → 2回目:施術) ※保険診療の場合、初回診察日に施術は行いません |
4. 副作用について
ボトックスは安全性の高い治療ですが、以下の副作用・注意事項があります。
| 副作用・注意点 | 詳細 |
|---|---|
| 代償性発汗 | 腋窩以外の部位(胸・背中など)からの発汗が増加することがあります(国内試験:2.1%) |
| 四肢痛 | 国内試験で1人(0.7%)に報告 |
| 注射部位の症状 | 腫脹、痛み、内出血など局所反応 |
| アレルギー反応・アナフィラキシー | 皮膚の発疹・かゆみ、呼吸器症状(息苦しさ、声のかすれ)、ショック状態が現れることがあります。これらの症状が出た場合はすぐに主治医に連絡してください |
重要:投与後4〜9ヶ月の間に以下の症状が現れた場合はただちに主治医に連絡してください
呼吸困難、脱力感などの体調変化。ボトックスは注射部位から離れた部位にも影響を及ぼす可能性があります。
5. 禁忌・注意事項
以下に該当する方はボトックス治療を受けられません/事前に申告が必要です
| 該当事項 | 理由・補足 |
|---|---|
| 重症筋無力症・ランバート・イートン症候群・筋萎縮性側索硬化症(ALS)など神経筋疾患 | 全身性の筋脱力を悪化させる恐れがあるため使用不可 |
| 妊娠中・授乳中の方 | 胎児・乳児への安全性が確立されていないため使用不可 |
| 妊娠の可能性がある女性 | 最終投与後2回の月経を経るまで適切な避妊が必要 |
| 男性(妊娠を希望する方) | 最終投与後少なくとも3ヶ月間はコンドームによる避妊が必要 |
| ボツリヌス毒素製剤へのアレルギー既往 | アナフィラキシーのリスク。必ず申告してください |
| 喘息など慢性的な呼吸器疾患・重度の筋力低下・筋萎縮・緑内障 | 症状悪化のリスクがあります。必ず申告してください |
併用薬に注意が必要な薬剤
以下の薬剤を使用中の方は必ず申告してください。ボトックスと併用すると効果が強く現れすぎることがあり、十分な観察のもとで投与を行う必要があります。
アミノグリコシド系抗生物質(ゲンタマイシンなど)/パーキンソン病の治療薬/筋弛緩薬/精神安定剤(ベンゾジアゼピン系など)/他のボツリヌストキシン製剤
エクロックゲルとの使い分け
腋窩多汗症の外用薬としては、ラピフォートワイプに加えてエクロックゲル5%(ソフピロニウム臭化物)も保険処方が可能です。両者は同じ抗コリン薬ですが、有効成分と剤形が異なります。
| ラピフォートワイプ2.5% | エクロックゲル5% | |
|---|---|---|
| 有効成分 | グリコピロニウム トシル酸塩水和物 |
ソフピロニウム臭化物 |
| 剤形 | ワイプ(拭き取り式) 1回使い切り |
ゲル(塗布式) |
| 携帯性 | 高い(個包装) | ボトルタイプ |
| 保険適用 | あり | あり |
どちらが適切かは患者様の生活スタイル・使用感の好みによって異なります。ワイプタイプは使い切り式で手が汚れにくく、旅行や外出時の使用にも適しています。診察時にお気軽にご相談ください。
手汗(手掌多汗症)でお悩みの方へ
手の多汗症には別の保険適用外用薬「アポハイドローション」(オキシブチニン塩酸塩)が使用できます。脇汗と手汗の両方にお悩みの場合もお気軽にご相談ください。
当院での受診について
竹内内科小児科医院では、以下の多汗症治療を行っています。
| ラピフォートワイプ2.5% 保険診療 |
エクロックゲル5% 保険診療 |
アポハイドローション 保険診療(手汗) |
ボトックス治療 保険診療(重症腋窩多汗症) |
「自分は多汗症の診断がつくのか」「どの治療法が合っているか」など、疑問がある方もまずはお気軽にご相談ください。診察で重症度(HDSSスコア)を確認し、お一人おひとりに合った治療をご提案します。
当院は内科・皮膚科の両面から対応でき、保険診療・自費診療ともに対応しています。