こんにちは。竹内内科小児科医院 院長の五藤良将です。
気温が上がり始めるこの季節、「手汗がひどくなってきた」「スマートフォンが滑る」「書類が濡れて困る」というご相談が増えてきます。手のひらの汗は、緊張や暑さのたびに噴き出し、仕事・勉強・人間関係など日常のあらゆる場面に影響します。深刻に悩んでいても「たかが汗で病院に行くのは…」と受診をためらう方が非常に多いのが現状です。
本記事では、手汗(手掌多汗症)の原因・仕組みから、2023年6月に保険適用となった治療薬「アポハイドローション」の使い方・費用・副作用まで、最新情報をわかりやすくお伝えします。
この記事でわかること
- 汗をかく仕組み(エクリン汗腺・アポクリン汗腺の違い)
- 多汗症とは?原発性と続発性の違い
- 手掌多汗症の原因・診断基準
- アポハイドローションの作用機序・費用・使い方
- 副作用と使用上の注意
- 脇汗の薬「ラピフォートワイプ」との比較
汗はなぜ出るのか?発汗の仕組み
汗をかくことは体にとって重要な機能です。汗の主な役割は体温調節です。皮膚の表面で水分(汗)が蒸発するときに熱が奪われ(気化熱)、体温の上昇を防ぎます。暑い季節や運動時に汗をかくのは、体が過熱しないための正常な防御反応です。
汗腺の2種類を知っておこう
| 種類 | 分布 | 汗の特徴 | 役割 |
|---|---|---|---|
| エクリン汗腺 | 全身(特に手のひら・足裏・額に多い) | 無色透明・ほぼ無臭 | 体温調節・精神性発汗 |
| アポクリン汗腺 | 脇の下・陰部など限られた部位 | タンパク質・脂質を含む | 体臭(ワキガ)に関与 |
手汗の原因となるのはエクリン汗腺です。エクリン汗腺の数・分布・形態は人によって大きな差はなく、手汗が多い方でも汗腺の構造自体は正常です。
多汗症とは?原発性と続発性の違い
通常の発汗(体温調節・精神的緊張)の程度を超えて、日常生活に支障をきたすほど過剰な汗をかく状態を多汗症といいます。多汗症は大きく2種類に分けられます。
多汗症の2分類
| 原発性多汗症 | 続発性多汗症 | |
|---|---|---|
| 原因 | 原因不明(体質・遺伝的素因) | 基礎疾患や薬剤が原因 |
| 部位 | 手のひら・脇の下・足裏・頭部など局所的 | 全身性が多い |
| 睡眠中 | 発汗が止まる | 続く場合がある |
| 主な基礎疾患 | なし | 甲状腺機能亢進症、糖尿病、更年期障害、薬剤性など |
アポハイドローションの対象は原発性手掌多汗症です。続発性多汗症が疑われる場合は、先に基礎疾患の精査が必要です。
手掌多汗症の原因とメカニズム
手のひらには、体の中でもとくに密度の高いエクリン汗腺が存在します。手のひらの発汗は精神性発汗が主体で、次のような仕組みで起こります。
手汗が出るメカニズム
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1
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精神的ストレス・緊張・集中(脳の大脳皮質・扁桃体が活性化) |
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2
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脳からの信号が交感神経を経由して手のひらの汗腺に伝わる |
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3
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交感神経の末端からアセチルコリン(発汗を促す神経伝達物質)が分泌される |
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4
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アセチルコリンが汗腺のムスカリン受容体(M3受容体)に結合 → 過剰な汗が分泌される |
原発性手掌多汗症では、このメカニズムが過剰に働きやすい体質(遺伝的素因)があると考えられています。汗腺の数や構造は正常であり、あくまで神経系のコントロールが過敏になっていることが原因です。
日本における手掌多汗症の疫学
2009年に日本で行われた調査によると、原発性手掌多汗症を発症している患者さんは19人に1人(約5.3%)と報告されています。日本の人口に換算すると、数百万人が手汗の悩みを抱えていることになります。しかし実際に医療機関を受診している方はごく一部にとどまり、多くの方が「病気とは思っていなかった」「恥ずかしくて相談できなかった」と話されます。
原発性手掌多汗症の診断基準
手の多汗症症状が6か月以上続き、以下の6項目のうち2項目以上に当てはまる場合、「原発性手掌多汗症」と診断されます。
| # | チェック項目 |
|---|---|
| 1 | 最初に手の多汗症が出たのが25歳以下 |
| 2 | 左右対称に手のひらに汗をかく |
| 3 | 睡眠中は発汗が止まっている |
| 4 | 週1回以上、手の多汗症がみられる |
| 5 | 家族に同じ症状の方がいる |
| 6 | 手汗のために日常生活に支障をきたしている |
対象年齢は12歳以上です。まずはお気軽にご相談ください。
アポハイドローション20%とは
アポハイドローション20%は、2023年6月に久光製薬株式会社より発売された日本初の保険適用の原発性手掌多汗症治療外用薬です。「塗り薬」でありながら、手のひらの皮膚から成分が吸収され、汗腺に直接作用するという新しい発想の薬です。
アポハイドローションの基本情報
| 一般名 | オキシブチニン塩酸塩ローション |
| 製造元 | 久光製薬株式会社 |
| 保険適用 | あり(2023年6月発売) |
| 対象 | 原発性手掌多汗症(12歳以上) |
| 内容量・日数 | 1本=約1週間分(1回5プッシュ使用) |
アポハイドローションの作用機序(どうして効くのか)
出典:久光製薬株式会社
抗コリン作用による発汗抑制のメカニズム
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1
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アポハイドローションを手のひらに塗ると、有効成分(オキシブチニン塩酸塩)が皮膚から吸収される |
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2
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皮下のエクリン汗腺にあるムスカリン受容体(M3受容体)にオキシブチニンが結合 |
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3
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アセチルコリンの働きがブロック(拮抗)され、発汗を促す信号が遮断される |
|
4
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過剰な発汗が抑えられ、手汗が改善される |
塗り薬として手のひらに直接作用するため、内服薬(飲み薬)と比べて全身への抗コリン作用が少ないのが特長です。
費用について(保険適用)
保険適用の費用目安(薬剤費のみ)
| 負担割合 | 1本あたりの薬剤費 | 使用期間 |
|---|---|---|
| 3割負担 | 約700円台 | 約1週間 |
| 1割負担 | 約230円台 | 約1週間 |
※薬価は毎年改定されます。上記は目安です。別途、診察料・調剤料がかかります。
※処方制限(発売後1年間の2本制限)は2024年5月末をもって終了しており、現在は通常通りの処方が可能です。
使い方・塗り方
基本的な使い方
- 就寝前に1日1回、手のひら全体に塗布します
- 1回5プッシュが目安です(両手)
- 塗布後は起床時まで手を洗わないでください(有効成分が吸収されるまで時間が必要です)
- 起床後の手洗いは特に石鹸で洗う必要はありません
使用上の注意事項
- 塗り忘れた場合は、次の就寝前のタイミングで塗布してください(2回分をまとめて塗らない)
- コンタクトレンズの装脱着は、本剤使用前または手洗い後に行ってください
- 塗布後に手を洗った場合は再投与せず、次回の就寝前に塗布してください
- 塗った後、気密性の高い手袋などで覆わないでください
- 塗布後は必要以上に他の人やものに触れないでください
- 万が一、目に入った場合はすぐに洗い流してください
副作用と注意すべき症状
以下の症状が現れた場合は使用を中止し、ご相談ください
- 皮膚の炎症・かゆみ・湿疹(塗布部位の皮膚異常)
- 口が渇く(抗コリン作用による口渇)
- 便秘・腹部膨満感が続く
- 尿が出にくい・出ない
オキシブチニンは抗コリン薬であるため、全身吸収量は少ないものの、上記のような抗コリン系の副作用が現れることがあります。症状が出た場合はすぐにご相談ください。前立腺肥大症・緑内障・重症筋無力症などの基礎疾患がある方は、事前に必ずお申し出ください。
脇汗の薬「ラピフォートワイプ」との比較
当院では、脇汗(原発性腋窩多汗症)に対しても保険適用の外用薬「ラピフォートワイプ2.5%」を処方しています。手汗と脇汗で薬が異なります。
| アポハイドローション20% | ラピフォートワイプ2.5% | |
|---|---|---|
| 対象部位 | 手のひら | 脇の下 |
| 有効成分 | オキシブチニン塩酸塩 | グリコピロニウムトシル酸塩水和物 |
| 剤型 | ローション | ワイプ(拭き取り式) |
| 保険適用 | あり | あり |
手汗と脇汗の両方にお悩みの方は、それぞれの薬を併用することも可能です。診察の際にご相談ください。
まとめ
- 手汗(手掌多汗症)はエクリン汗腺の精神性発汗が過剰になることで起こる
- 日本人の約19人に1人が原発性手掌多汗症とされ、珍しい病気ではない
- 6か月以上症状が続き、診断基準2項目以上を満たせば「原発性手掌多汗症」として保険診療の対象となる
- アポハイドローション20%は日本初の保険適用手掌多汗症外用薬。就寝前に塗るだけのシンプルな治療
- 3割負担で1本あたり700円台(約1週間分)と経済的な負担も少ない
- 脇汗にはラピフォートワイプ、手汗にはアポハイドローションと、部位ごとの保険適用薬がある
手汗のお悩みは本人にしかわからない深刻な問題です。「たかが汗」と思わず、気になる方はお気軽にご相談ください。保険適用ですので、費用の心配も少なく受診できます。
脇汗の保険適用薬「ラピフォートワイプ」については、こちらの記事もご覧ください:
健康保険が適用 原発性腋窩多汗症(脇の多汗症)